人生の再出発を考えるアラフォー母

子育て中にスピリチュアルと自己啓発にはまった主婦が自己変革と社会変革のために変わっていきます

これまでの不幸なこと

私は回避性人格障害でした。頼まれ事を断るのが苦手なのでどんどん仕事を引き受けて身動きがとれなくなる。だから結局手に負えなくて逃げて、職場やクライエントに迷惑をかけたり、うつ状態にもなりました。睡眠障害もあったので、仕事の時は眠れず、逆に週末は15時間ぶっ続けで眠ることも。20代はずっとそんな状態で結局結婚を言い訳に仕事を辞め、その後はひたすら引きこもりました。昼夜逆転、起きたら酒を飲み、また寝込む。ヘビースモーカーで1日3箱吸って。もちろん心療内科にも通っていました。

結婚も逃げ道だったので、正直あの当時は冷静な判断力はありませんでした。相手に不満は山積みだけど、とにかくいまこの状態(というより自分から、なんだろうな)から抜け出したい一心で目をつむりました。

そもそもそういう人格障害を抱えるはめになった背景はいわずもがな、過保護過干渉な母親にあります。あの家に居たくなくて、必死に勉強して下宿が必要な進学校の高校に入学と同時に実家をでましたが、結局、高校でも大学で東京出てからもコントロールされることはかわりません。それがあたりまえと思わなかっただけマシかもしれません。決め台詞は「言うこときかないと家に戻すよ!(お金出さないよ)」。

 

そんな20代を終え、30代はどうだったか?うつの治療をしながら引きこもってても私にはひとつだけ望みがありました、それは子どもを産むこと。ですが、それには大きな壁がありました。夫とは結婚前から年単位のセックスレスで結婚後はもちろん一度もすることはありませんでした。私はセックスに意味を見いだすタイプで好きな方ですが、夫は潔癖というかいわゆる性嫌悪症のようなもので、子どもがほしいのに全く協力してもらえず、ますます自分への自信を失っていきました。

33歳だったか、それくらいの時一度離婚を考え話し合いました。夫は、口がたつのでそういう時はたいがい論破されます。いかに自分が正しいか、自分の方が大変な状況なんだからもっと気遣えと。

それでもお互い生活を変えるということには抵抗があったので(特に夫は変化に弱い)、子作りには協力するという形で話はつきました。が、結局まともなセックスは一度もできず、私ももう心が折れそうだったのでなんとか不妊治療に同意してもらい(人工授精なら夫婦生活がなくてもよい)、通院を始めたのが2011年。つづく